山手公園は1870年(明治3)に、横浜居留外国人の手によってつくられた、わが国最初の洋式公園です。
当時は日本にはまだ「公園」という概念が存在していなかったそうです。
また、ヒマラヤスギもここに初めて植えられて全国に広まりました。
山手公園は2003.12月に横浜市内初の国指定「名勝」に登録されました。
県内の国指定名勝は四件目で、横浜市では初めて。他の3件はいずれも鎌倉だそうです。
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日本庭球発祥の地・碑→
山手公園は日本に於けるテニス発祥の地としても知られ、
旧山手居留地に暮らす外国人たちが日本政府から土地を
借り受けて開園したものだそうです。 |
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←公園入口の看板
テニスラケットのネットをイメ−ジして作られています。 |
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横浜山手・テニス発祥記念館→
1998年4月には居留地時代のテニスクラブに由来するYITC
(ヨコハマ・インターナショナル・テニス・コミュニティ)の創立
120周年を記念して、「横浜山手・テニス発祥記念館」が造ら
れました。 |
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←横浜山手・テニス発祥記念館
館内には山手公園やテニスの歴史などのパネル展示や
昔のテニスウエアなどの展示もあり、テニス好きな人には
興味の尽きないと思います。
所在地
横浜市中区山手町 230
開館時間 10時〜17時
休館日 月曜日、祝日の翌日、年末年始
料金 入場無料
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テニス発祥記念館の内観→
さまざまな100年以上前の古い木製のラケット
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←当時のテニス衣装
1874年に英国で始まったローンテニスは2年後の1876年
に横浜に上陸し、さらに2年後の1878年(明治11)に、こ
の地にわが国初のレディズ・ローンテニス・アンド・クロッ
ケー・クラブ〈LLT&CC〉がつくられ、現在のYITC(横浜イン
ターナショナル・テニス・コミュニティー)となっています。
当時のテニスの衣装は頭にボンネット、ロングスカ−トに
長手袋でテニスには不自由だったとパンフレットに載って
いました。スカート吊り上げ器なる器具もあったそうです。 |
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最初のローンテニスの道具→
1874年にイギリスで最初のローンテニスの道具が
売り出されました。
木箱にラケット・ネット・ボール・杭など
一式がはいっています。
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←さまざまなテニスボール
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ここのコ−トでプレイされた皇室方も紹介されています。
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明治末になって軟式テニスとして日本中に広まり、
横浜ではフェリス女学院や捜真女学校、Y校などが
テニスを始めました。硬式テニスは大正時代になって
全国に広まり始めました。
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テニスをしている外国人たちを見た当時の人達は、
毛唐の女が芋ざるで毬を打っているといって
珍しがったそうです。
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←クラブハウス
1934(昭和9)年、関東大震災後に外国人住宅として
建てられ、当初は山手68番地にありました。
1986(昭和61)年に現在地に移築され現在もクラブハウス
として使われています。 |
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テニスコ−ト(クラブハウス横)→
現在の山手公園には12面のコートがあり、
うち6面はYITCの占有で、残り6面は一般にも解放され、
広く市民に利用されています。
テニスコ−ト利用方法
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←テニスコ−ト(テニス発祥記念館の裏) |
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テニスコ−ト(テニス発祥記念碑の左横)→
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←日本で最初の洋式公園の碑
丘陵の斜面に造られた山手公園は木立に囲まれた
静かな公園です。
春には桜が見ものです。 |
山手本通りから少しばかり奥まっているせいか
観光客の姿は少ないようです。
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←ヒマラヤスギ
1879年(明治12)にヘンリ−.ブルックという
イギリス人が、インドのカルカッタから種子を輸入し
山手居留地一帯に植えたのが日本の最初だそうです。
横浜市の名木古木に指定されています。 |
テニスコ−トを取り囲むようにヒマラヤスギが
植えられています。
ヒマラヤスギは苗木に育てられ
皇居や新宿御苑に献上され
全国に普及したそうです。
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倒れたり枝を切られたりして、直径1mを越す
大木は今では数十本しか残ってないそうです。
ヘンリ−.ブルックのお墓は外国人墓地の中にあり、
1本のヒマラヤスギに守られています。 |
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